第28話「あれっ? 私、日本語の意味を知らなかったんだ!」

ベトナム語の部屋

こんにちは。ヒロです。前回のベトナム語の部屋で「次回の投稿は桜の頃になると思います」と予測していましたが。本当にさくらの頃になりました。

でも梅とサクラの季節の間で世界は大きく変わりましたね。戦争が本当に起こるなんて驚きました。

人類が、昔から20世紀にいたるまで、注力すべき課題としてきた関心の対象は、3つあります。

1つは飢饉。2つ目は疫病。3つ目は戦争です。

近代にいたるまで、この3つは、「神の御意志」「宇宙の構造」であり、人類は受け入れるしかないものでした。

しかし、21世紀になってこれらは人類が対応できるものとなりました。

そしてこれらが発生した場合には、「誰か政治家や学者がヘマをした」ことによる人為的なミスによって発生するものであるとされるようになったそうです(以上は、ある本からの受け売りです)。

でも正に、その通りですね。コントロールできたはずの災害の2つが発生してしましました。コロナとウクライナです。この2つの結末がどうなるのかを確認したいです。今、ヒロさんは大人です。大人になって通常の判断力がある今、この2つの禍が、どのように決着するのかを、決着しないのかを確認したいです。そして、それを踏まえて、3つの災禍について子供たちに伝えたいです。

と、まあ少し硬い話になってしまいましたが、今日の本題に入りましょう。

前回お話ししたように、私のベトナム語の勉強は「中級」に入ってきています。

中級は、色々な抽象的な概念の単語や、色々な言い回しのバリエーションが出てくるようになりました。

これらの学習に対応するために、取り合えず出てきた単語を覚えるようにしています。

憶え方はとても普通のやり方です。

コピー用紙に新しい単語を書いていって、それを毎日覚える努力をする、という方法です。

全ての単語を毎日覚えようとしているんですが、覚えやすい単語と覚えにくい単語があります。

覚えにくい単語の特徴の一つが、「日本語の意味が似ている」単語です。

例えば、「確認」「調査」「検査」「調べる」の語群や、

「自分」「個人」「本人」「自身」「自分自身」「私個人」「個人的」の語群です。

無理やり、何も考えないで、強制的に頭に記憶させても、ベトナム語と日本語の対応が安定して記憶されません。

「どうしてかな?」と考えると、答えは2つです。

ひとつは、ベトナム語の辞書や参考書や教科書が、それらの違いを意識しないで使っている場合が多いこと。

もう一つは、私自身が、それらの「日本語」の意味を正確に認識していないことです。

前者については、もっと立派な辞書で調べれば解決できる部分が大きいと思います。

後者については、自分で自分の知識を整理する必要があります。

ベトナム語と言う外国語を勉強する事によって、自分の日本語力のいい加減さに気が付くことが往々にしてあります。

皆さんは、上述の語群の意味の違いをちゃんとと言えるでしょうか?

私は「確認」「調査」等との語群については、ちゃんと調べましたので、明確に区別がついています。後者の「個人」「自分自身」等は、ベトナム語の辞書の例文にも混同があるため、はっきり区分されていません。引き続き調べてみます。

「つまり」「要するに」「すなわち」「考えてみると」等も同様の混同グループです。

語句の意味に自信のない方は、お時間があるときにでも一度調べることをお勧めします。

母語と言うのは、分かっているつもりでも案外わかっていないことが多いとおもいますよ。

つづく

By Hiro

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