【KAIZEN14】「かっぱします? ②」

3)HKM以外にカッパがいない理由

今申し上げたカッパの話の検証もかねて、HKM以外の問題解決手法においては私が指摘するような「因果関係の連鎖させるゲーム」であると言う事実を「注意書き」的としてさえも示しておかない理由を考えてみましょう。その理由は3つ有ると考えられます。

1つ目は、事例研究をした目的は、「繋がっている一連の成功事例」を「行動単位にバラバラにすること」だったので、「つながりを示す」と言う行為目的に逆行する行為を行うはずがない、と言う事です。「つながりを示す」と言う事は「繋がっているという事実を、メタ化して要素にバラバラにする」と言う目的を持つプロジェクトにとっては、「何もしない」と言う事と同義です。

2つ目は、1つ目の理由とも関係するのですが、指導する人間、特に本を書ける程度まで問題解決手法に関わった人間は、当たり前すぎて気が付かないんです。そんなことは当たり前のことで「話した方が良いのか、話さなくても良いだろうか」などと検討する事さえないのです。何らの意識にも登ってこないのです。

3つ目の理由は喝破の内容が「暗黙知」に係ることだからです。喝破内容は改善を最後までやり切るためのコツなのです。

「暗黙知は文章化できない」のです。実行するコツやノウハウといった「どうやる」と言う知識は暗黙知と言われ文書化されないんです。問題解決手法を教えている本にも、飛び切りの成功事例として研究対象になった多くの事例にも書いてはいません。しかし、それらの飛び切りの成功事例には、改善 活動実行の一般的なコツや当該問題解決対策活動実行等に関するコツ等が無いはずがありません。

喝破内容である、「改善活動の本質は因果関係を連鎖させるゲームである」と言う「認識を常に持つ」と言う事は問題解決手法を最後まで動かすためのコツなんです。ですから文書化されることが無いのです。

以上の理由によって「切り身になっているステップをつなげるためには、捨てた骨と皮が必要だよ」と言うアドバイスは問題解決手法にはかかれていないのです。

*トピック:日本語の話。「福島県を流れる阿武隈川(あぶくまがわ)が郡山を過ぎて三春町の鼻先をかすめる付近には、その昔むかし河童生息してた。河童夏の時期になると毎日まいにち付近の農村の畑に出没。キュウリを貪り食っていた」って書いたでしょ。喝破のあとに「が」と「は」があるでしょ。これは「格助詞」と言うそうなんです。両方の文とも主語はカッパなんですが、なぜ「が」と「は」が違うかと言うと、新しい主語に対しての新しい情報は「が」でしめし、既知の主語の情報は「は」で示すんですって。

「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんいました。おじいさん山に芝刈りに、おばあさん川に洗濯に行きました」。ほーらね。ヒロさん感心しました。

つづく

By Hiro

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